空きコマの暇つぶし

なんでも問います、書きます

《自信》とは自分の弱さを愛せることだと思う。

  1. 高校時代のわし
  2. 試合に勝てない日々
  3. 強くなって自信をつけるため頑張った
  4. 気づいた《自信》の正体
  5. 「人一倍練習すること」「誰よりも強いこと」→自信?
  6. ぼくの思う《自信》とは。
  7. 就職活動においてもいえるんじゃね?
  8. でもなんかやっぱり人と比べたくなるよね〜。
  9. これからの生き方
  10. まとめ

 

 

 1.高校時代のぼく

 

高校へ入学した春、ぼくは剣道部に所属した。

 

入部した理由は非常にシンプルで、同じ学年で入学したやつらの影響だった。

当時、小学生、中学生の頃から名を馳せてたバケモノみたいなやつらが、同じ高校に入学したからだ。

僕はそんなやつらと剣道をして、めちゃめちゃ強くなりたいと思った。

まさに、ドッキドキの一年生状態だった。入学当初、お乳の鼓...いや間違えた、胸の鼓動が高鳴りまくっていた。

 

 2.試合に勝てない日々

しかし、当時何も実績を残してなかったぼくは、めちゃ強い先輩や同期に圧倒されながら、次第にもがき苦しむようになっていった(部活自体はアホほど楽しかったけど)。

入学してまもなくしてもなかなか勝てない時期が続いた。

 

ある時、先生がやってきてこういってきた。

「もっと《自信》を持て」

実際、練習試合では、スピードや技の正確さは負けない節があった。でも自信がないせいで気合いで押されて負けることがしばしばあった。


‪しかし、ぼくは《自信》っていうのをいかにしてつければいいのかさっぱりわからなかった。

人一倍練習すればいいのか?たくさん本を読めばいいのか?さっぱりのぺっぺらぺーだった。

 

3.自信をつけるために、人一倍練習した、が。

考えるのが好きじゃなかったぼくはまぁとりあえず何かしらやることにした。

 

高校二年生の夏らへんから、一時間ほどかかる通学時間なんて関係なしに毎朝7時には道場へ行き、朝練をしまくった(幸い鍵は🗝道場の玄関に隠してあるから自由に出入りができた)。

部活が終わって家に帰ると家の駐車場の空きスペースで素振りをひたすら行ったし、毎日ビデオを見て自分の剣道の研究もいっぱいした。‬

一日のほどんどがまじで、いやまじで剣道だった。


しかし、これと言って《自信》がついた気がしなかった。‬引き分けが多いが勝ちきれないことが続いた。‬勝った試合も多かったけれどいつもそういう日はいつも決まってやり切った感じがしなかった。

そして常にもやもや〜っとしながら一年が経った。

 

4.気づいた《自信》の正体


‪そして高校三年の夏前、ある事に気付いた。‬


‪《自信》があるという状態ってのは「自分の弱いところをよく知ってる」ということなんじゃないか?更に言うならば、「そんな自分をいかに愛せるか」なんじゃないか?

つまり「自分の弱い部分を知り、それを愛せるか」

 

ということだった。

意味わからないよね?説明します。

 

 5.「人一倍練習すること」「誰よりも強いこと」→自信?

 

‪それまでのぼくは、自信がある状態とはずばり「人一倍練習をしてきた状態」「誰よりも強いこと」だと思い込んでいた。‬めちゃめちゃ練習する!それによって誰にも負けない!と実感する積み重ねが自信になるはずだと考えていた。

 

‪しかし、それは違った。

 

何が違うのか、それを気づかせてくれたのは、当時部長の一言だった。


「剣道を70年間続けてる人でさえ、剣道に関してわからないことがあって追求し続けてるのに高校生のおれらがこのたった三年でその域までいけるか?」

という一言だった。

 

どういうことかというと、

剣道は他のスポーツと違って対人競技であるが故に、何かを学べば、また何かを必死に習得すれば必ず成果が出る、みたいな単純な話ではないということだ。

例えば

筋力をつけたからといって必ずしも試合に勝てるわけじゃない。

スピードを上げても必ずしも試合に勝てるわけじゃない。

みたいな具合だ。

 

更に言えば、例え強さを追求したところで、「誰よりも強いこと」が自信になる人は、毎年1人しかいない(高校総体優勝者)。

 

つまり剣道における「強さ」っていうのは沢山の要素が絡み合ってるわけで、ステージをクリアでどんどん強くなるゲームのようにはいかないわけだし、更に強さに裏付けられた自信っていうものはほとんど存在しないんじゃないか、ということだった。

 

 

6. ぼくの思う《自信》とは。

 

剣道において《自信》を持つ、というのは何かを習得する為にたくさん努力をすることでも、負けないことでもなかった。

 

説明が少し難しいが、ぼくの思った本当の《自信》がある状態とは

「弱いところ」をしっかりと把握することで急所を突かれても対処ができ、且つ自分なりの戦法ができる状態、みたいな感じだった。

 

具体的にいうと(剣道をやってる人にしか通じないかもしれないが)、例えば、自分が攻め合い(簡単なところでいうと「一歩前へ出る」そのことで相手が受動的に動いたならば、もうそれが「攻めた」と考えて良いと思う。逆にいうと相手が動じなければ、それは攻めたとはならないのかなと考える、←これめっちゃ簡単な例ね、ほんとはもっと深い!笑笑)が苦手なので、相手に攻められ相手のペースに持ち込まれたらすーぐやられてしまうという弱さを持ってた場合、その弱さをしっかりと受け入れ、「じゃあ相手に先に攻められたらその前に距離を詰めて打たれないようにしてしまおう」と軽く対処してしまう、みたいな具合だ。

わざわざ相手が練りに練って攻めてきた苦手なフィールドで戦う必要がなかったりする。

 

そんなことを繰り返してると、本来ぼくが弱いはずの攻め合いにおいて、そのように弱さを知り対処ができるのであれば、自分が主導権を握ることができたりする。そして気づいたら自分のペースに持ち込むことだってできる。それが自分の強みにさえなったりする。


‪つまり、本当の《自信》を持つということは、弱さを知ることなんだと気付いた。そしてそこを理解して、許してそんな弱い自分を愛せるかどうか、だった。‬(もちろん克服するよう限界まで練習した上で、の話だけど)

 

7.就職活動においてもいえるんじゃね?

 

‪そして大学生になった。‬


‪高校の、しかも剣道界の中では想像ができないくらい、いろんな学生がいた。彼らは常に何かに打ち込み日々を過ごしている。‬

 

そして、‪ぼくは最近、また自信がなくなっていた。

 

なぜか。

 

それは就職活動があったからだ。


幸せなことに、‪僕の周りにはすごい大学生が溢れてる。

すでに大学で授業をしてる学生や、世界的なプロジェクトを回してる学生、社会的課題を解決しようもがいてる学生、海外で仕事をする学生、母語以外で仕事をしてる学生、ベンチャーを立ち上げた学生、ビジネスで地方創生をしてる学生、政府機関で日本を担う学生。‪(ここでいう「すごい」は、周りに大きな影響を与えているという意味で)‬‪自分には無い才能溢れんばかりのヤバいやつらがゴロゴロいる(自慢したい人ばかりだ)

 

しかし、就職活動をする中で、ハッシュタグを多く身につけてる学生と自分を比べてしまうと、自信がなくなってしまいそうになった。

 

 

「また同じことを繰り返していた」

と思った。

 

就職活動で勝ち組になりたいが為に、不安を払拭する為、得体の知れない以前のような自信をつけようと考えてしまっていた。その為に「とにかく努力をすること」「誰よりも凄い人になろう」と思ってしまっていた。

 

‪しかし、本当の《自信》とは自分の弱さを知り、受け入れること。愛すること。

自分は三カ国の言語なんて話せないし、フィリピンの労働環境を改善するためにアプリを開発できるノウハウもない。アフリカのインフラを整えるために現地で企業と連携する手段だってわからない。

 

でも自分のできない部分を受け入れ、理解し、そんな自分を愛することができれば、結果に満足できるようになる。自分なりの生き方を探すことができる。

 

8.でもなんかやっぱり人と比べたくなるよね〜。 

 

剣道と就職活動は競争という意味で、よく似ていた。だから剣道の思考を就職活動に当てはまることができた。

 

でもなんだかんだ、人は、自分の弱さを受け入れつつも、どこかで人と比べたくなる。

 

ぼくはそれは教育制度上しょうがないと思っている。他人に評価される他人軸の自己評価で生きてきたおかげで、人は評価を他人に委ねる。第三者が評価をするから、第三者が提示したルールに則り競争して勝った人が優等生となっていった背景がある。

そして優等生がもてはやされ、そうあるべきだとされてきた。もしかしたら比べることは、人間の本能的な部分によるものかもしれないが、ぼくはこの教育制度上必然の出来事だと考える。

 

9.これからの生き方

 

剣道や就職活動などの競争社会の中で生きてきて、

・他人と比べることで身につく自信(高校時悩んでたぼく)

・他人と比べず、自分の弱さを受け入れることで身についた《自信》

の二つがあった。

 

しかし、今時代はもう一つ重要な『自信』がある気がする。

 

それは、自分が存在しているということに対する『自信』だ。

 

この背景は今の時代が関係してるが、これは次回に回すとして、でも一言でいうと、

 

個々人がモチベーションを高く持つこととそれを実現するための創造性を持つことが義務である時代に、比較から生まれる自信なんてこれから少なくなっていくだろう、ということ。

 

10.まとめ

 

‪自分の知らない世界を知らないと言えること。‬

人間はどうしても誰かと比べたくなる生き物だってことをよくよく知っておくこと。

人と比べて持てる自信なんてコミュニティが変われば、変化するわけで、正直なんの役に立たないのに、そんな自信を持ちたいと思ってしまうこと。

 

‪こんな弱さを受け入れることで、自然と自分は楽になるし、自分の強みを活かせる気がした。‬

 

剣道という競争から生まれた、人と比べることで身につく自信ではなく自分の弱さを愛することで身につく《自信》を気づかせてくれた社会の構造でした。

 

おわり

 

PS.ちゃんと就職活動、内定もらってます。