空きコマの暇つぶし

なんでも問います、書きます

どうしようもなくて

自分のことを理解してくれる人がいたら、自分の全てを理解してくれる人がいたら、自分はどんなに楽なのだろうか。

 

ふと、こう考えたりする。

 

こう考えるときは大抵、自分が不安に襲われたり、現状を嘆いているときがほとんどである。

 

人間は弱い。

 

[Facebook より、三浦たかこ(インドで出会えた素晴らしい旅人、詩人)]

人生の大半は苦しみや不安で出来ているのかもしれない。
側からみたらどんなに幸せそうに見える人でも必ず何かしらの悩みや痛み、悲しみを抱えているものだ。

自分が相手を完全に理解することはできないように、相手に自分の何もかもを理解してもらおうと思ってもそれは絶対に叶わぬ夢物語に過ぎない。
叶わぬことを押し付けようとすると、相手を傷つけ自分も苦しむことになる。

他人の心をコントロールすることは出来ない。
他人の気持ちを完全に理解することは出来ない。
その人が取り組んでいる人生の課題を肩代わりすることも出来ない。

人は皆独りぼっちだ。
そんな途方も無い孤独を受け入れ、諦めた先にこそ真の人間関係が見えてくるのではないか、としみじみ思う月夜。

将来の自分ver.2

将来の自分がイメージできません。

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なぜこのようなことを悶々と考えているのかというと、漠然とした目標はあるにしても自分自身の人生のビジョンやそこに伴うミッション、プロジェクトなどが見つかっていないからです。

仲間はもうすでに動き出しているというのに、自分は何をしているのだろうか。

こんなに莫大なお金をかけて時間もかけて、次につなげないともったいない。

やりたいことがないまま人生を終えたくない。

英語やプログラミングをやる理由は他人の「すべき」だということ。

 

いろんな思いが錯綜していて、今にもパンクしそうです。

 

友達には

先生じゃもったいないよ

先生に向いているね

動画を作るのが好きならそういう会社に入ったら?

写真を仕事にしたらおもしろそう

コンサルタントとはどうなの?

ゲストハウスで働いた経験から何かすれば?

いろんなことを言っていただいて嬉しいのですが、よくわからなくなってきました。

 

おそらく自分自身が将来の自分の理想像を描けていないのだと思います。

つまり人生のテーマや目的がないということなのかもしれません。

 

自分はなんのために生まれてきたのでしょうか。

 

自分のやれることは少なからずあると思っていますが、限られた学生生活、人生を何に捧げるかを(つまり軸)を考えていかなきゃいけないと感じました。

何のために英語を勉強するのか、何のためにプログラミングを勉強するのか、何のために、、、、。

 

ずっと自分と対話しながら考えています。

今日は熟考しながら寝ようと思います。

 

悶々します。

 

将来の自分

ただいま韓国で友人と観光をしている最中です。

Bong Houseはとてもフレンドリーなゲストハウスでみんなと仲良くなった楽しいです。

またその周辺もおもしろいものがたくさんあって散策のし甲斐があります。明日は2日目なので一日かけてソウルを回ろうと思います。(金欠なのでほどよくせつやくしながら)

それはさておき、こういうホリデーの時が一番自分と向き合えるなと思って、考えながら過ごしています。

また先日に終わった武者修行の熱が冷めないうちに何かをはじめようと考えている自分がいるからでしょうか。

 

めっちゃ真剣に将来のことについて考えています。

 

武者修行で感じたことは、自分は人のことを真剣に考えることが大好きなのだということ、そして人のために何かをすることとそれが形で見えることに大きな喜びを感じることがわかりました。武者修行を終えて、自分のありたい姿が明確になってきたと感じます。

 

でも自分にはあまりスキルも能力もありません、お墨付きのOOなんでものもそんなにあるわけじゃありません。

 

自分のやりたいことを実現するためにはまだまだ多くのことを学ぶ必要があると思います。

 

少しでもいいので毎日を前進していくために、目標を掲げます。

1.3年の7月までに英語のアイエルツ6.0達成(もしくはトイック800、現在750)

2.3年始まりまでにプログラミングでアプリ、ソフトの作成

3.毎日筋トレ

4.早起きをして一日の意図を考える、振り返りブログをかく。

 

これが良いのかどうかすらわからない、とりあえず今日の解はこれまで。

明日の自分に期待。

 

武者修行をおえて20170307

 

この2週間を振り返ってみようと思うとなかなか思うようにまとまらない。なんでやろう?と考えてみたところ、おそらくこの2週間はそれだけ思う部分が多かったからだと思う。しかしそれでもやはり文章に起こすことで自分自身に起きたインパクトを分析して力にしたいと思う。これからいくつかの項目に分けて考える。振り返りたい部分は主に2つ。一つ目はビジネス面、もうひとつは「自分自身」。

【ビジネス面】


「ニュープロダクトディベロプメントとは」を突き詰めると


まず断っておくがおそらく突き詰めてない(笑)。でも私の中で確信した事柄が10個ある。それは理論を学び、実践をすることを何回も繰り返したからこそ「絶対に大切だ」とはっきり言える。振り返るに当たって「もし今の企画段階まで実践経験した僕がDAY1に戻ったら初日からどんなことをするのだろうか」を考えたらそれが学びだと思う。
 一つ目は「現場に答えがある」。これは事前に日本で企画した内容の方向性を判断するべく、現場、現物、現実を確認するためだ。これはマーケティングの観点から見ると顧客が本質的に必要としていることを見極める必要がある。例えば、ベトナム料理を食べに来た顧客がホイアンの地でわざわざ日本食を食べに来るだろうか?などだ。またニュープロの観点から「現場、現物、現実とは何か」を考えるとまた違う。現場は、その地では誰に対して何をすると喜ぶんでもらえるのか、また何がいけないのかのevidenceを取り考える必要がある。現物は、実際に作ろうと思った時にその材料はあるのか、またそれは器具やお店にまで目を凝らす必要がある。さらに現実は先の2つを鑑みて、利用と現実のギャップを考えることが必要である。ここを考えるとおそらく方法論にも手を伸ばすことになるので、最短ルートを導き出すのがよいと思う(PDCAをとにかく回し、小さな成功を量産するため)。二つ目は、「とにかくやってみる(反復性プロセスの本質、マシュマロチャレンジ)」。出てくる可能性を限りなくしらみつぶしにやっていく。今回でいうとフォーなのかカウラウなのかの選択の中にも「前に醤油つけるVER、後に醤油つけるVER、醤油をつけないVER」がそれぞれあったりする。さらに湯に戻すのか戻さないのか問題も出てくるので最善なものを探すべく、とにかくやってみる。たくさん→を作り、潰したり、伸ばしたりすること。3つ目は「恥をかきすてる」こと。それは仲間に対してもだし、他者に対しても。たとえ従業員が嫌な目をしてもそこには可能性があるのだと信じて顧客の声を聴くまで諦めないこと。すべては顧客が判断をするのだから。4つ目は「それは儲かるのか」という視点。顧客に満足してもらうあまり、原価を考えず、利益が出せなければ継続性がないし、従業員の生活が大変になってしまう。これは3現と「それは儲かるのか」を行き来する必要がある。どちらを先に決めるという決まりはなく、お互いに考え合う中に答えが見えてくる感じだ。5つ目は「顧客目線になるが、そればかりにはなってはいけない」ということだ。言い換えるならば、意思決定は顧客にあるが、価値創造は我々にあるということだ。ここにいる意味を考えるのも一つ大切だと思う。6つ目「試食と販売」の違いである。PDCAを回すために試食はたくさんやるべきだが、そこには販売と違いがあるので注意しなければならない。それは試食はあくまで「味の向上、見た目向上、もしくはローカライズ」にはなるが「値段設定」や「営業方法」を調査するには不十分だということ。でもどう使い分けるかはまだ詳しくわかっていない。7つ目は外部からのリソースをどれだけ使うかということ。自分たちはプロのビジネスパーソンとしては足もとにも及ばない。とするならば足元を脱却するために外部のリソースを駆使しまくればいい。これはビジネス面だけではなくて日常生活でも大切な精神だと思う。特に真似をしたくないという硬い考えの私には特に、だ。8つ目はスケジューリングだ。これは言うまでもない。しかし予想もしないところでリスクが出てくるもの。なので日頃からベトナムの人などとコミュニケーションをとることで身の回りのいろんな情報を収集する必要はある。9つ目はGPDCAだ。これはゴールを設定することで目標を見失うことがないようにするためである。10つ目は「やる気」である。これはビジネスとは関係ないかもしれないが、そんなこともないと思う。フラフープの経験から、熱量が方法を勝るところを目撃したからだ。ここで思ったことは熱量と理論はお互いに密に絡み合っていて、相互作用するものだということである。熱量があれば、方法論に更にスピードが増すし、方法論がすごければ、熱量も自然と上がっていくように感じた。だから何よりも熱量は出しやすいのだから、出せばよいと思った。


チームビルディング
これに苦戦したかといえば、正直な話、していない。これは自分たちがうまくいっていなかったのだろうか?でもうまくいかなかったとは思っていない。しかし唯一まとまるべきだったところはフォーチップスとばいんみーで二つに分かれた時である。これが優勝はしたもののシックリ来ていなかったところである。このしっくりこなさが一体何なのかいまだにわからない。振り返りながら考えてみよう。
あの当時、私がフォーチップスに固執していた理由は、可能性がぼんやりとあるからという理由だけでなく、辞めるに見合ったエビデンスがないと考えていた。また二人にもそれを伝えた。理論的にはそれで間違いないと考えていたが、私も含めスーミンもひろかもフォーチップスを散々否定され、弱気になっていた。みんなできることなら帰りたいとすら思っていた。その時私は、こういう「よくない」状況に中では人間は弱い生き物なんだなと感じた。二人がフォーチップスから逃げるかのようにばいんみーに手を伸ばしているように感じた。(自分も逃げたかった)(ひろかは悪いと感じていたらしい)。
つまり、ここで初めて分かったことは人間の一番重要な部分はその「感情」にあること。いくら理論を並べても払しょくできない不安というのは必ずある。それを理解することが大切だ。まるで恋愛みたいだ。もっと恋愛を経験しろということなのか。誰か付き合ってください(冗談)。話が逸れました。すいません。書いているうちに優勝したのにしっくりこなかった原因が分かってきました。
最後に、『自分の悪い「頑固さ」をなくす』
じんさんとの個人面談で言われたこの「頑固さ」は客観性があって説得力があった。その時泣いた涙も嘘じゃない。自分は自分のことをわかってくれない相手のことを一番わかっていなかった。理論を並べてそれが正しければ相手がわかってくれると本気で思っていた。今になってみると、もっと相手に寄り添って、相手の気持ちを汲み取ればよかったとおもった。


プロモーション
今回のアウトサイドプロモーションとはうまく協力できなかったのが残念だった。自分の力量不足だと感じる。アウトサイドプロモーションの役割はなんとかして来客数を増やすことにある。そのためにはSNSや外装を魅力的にしたり、ターゲットを絞ってピンポイントで集客を行う。しかしこれを行うにはプロモはどのチームよりも自身のお店のことを知らなくてはいけない。さらに言えば、対外の情報を集約し、どんな方針で新商品を開発すればよいのかにも大いに貢献できるチームである。新商品はプロモ発信で、ニュープロで成熟され、プロモで対外発信されると考えていた。そういう考えの私は今回の武者修行のニュープロでは、プロモの要素も十分に試してみようと考えていた。自分たちで情報を収集して、新商品を開発し、自分たちでターゲットを絞り、自分たちで販売方法を決めていったからだ。もしプロモとやりたいことが正反対であれば、どうなっていたのだろうと考える。チームはばらばらでもお客様を喜ばせるという点では同じだ。なのでABR全体での意見のすり合わせをもっとやるべきだったと感じた。


チームの熱量とは
上でも書いたし、フラフープでも出てきたが、熱量(感情)に勝るものが見当たらない。理論より、方法論よりも先に、熱量(感情)がとてつもなく大切であることを知った。これは盛り上がればいいということではなくて、人の熱量がビジネスに与える影響のことだ。誰でも嫌いなものがあるし、やられたら苦手なこともある。そんな嫌なことを与えてくる環境にずっといたら誰でもその場をを不快に思うだろう。そこで今まで会ったことのない人たちと、熱量を共有しながら維持してく(時には盛り上げる)には相手のことをじっくりと観察し、みんなにとって心地の良い場を作るのに徹する必要がある。実は、そういう面で私たちのチームは成功していて、ベトナムに来る前から、好きなことや嫌なことを遊び感覚で共有していた。逆に私たちのチームで足りなかったことは、「否定されることを楽しむこと」なのかもしれないと思った。否定され続けたらそれは嫌になるが、それを挑戦と認識して立ち向かえるマインドを持てていたら(自分ももちろん)結果が変わっていたのかもしれないと思った。またそれをもっと伝えられる(もしくはそういう環境に変えられる)人間になりたいと思う。


時間の使い方
自分の中で直したい一つが時間の使い方だった。たとえば、起きてみたらもう10AM、あーあといいながら飯を食べるとか。また、今日はこれとこれとこれをやると言いながら一日の終わりになってもまだ全然終わっていないとか。みんなも同じ経験をしたことはないだろうか? でも時間というのは無限にあるわけじゃなくて、必ず終わりが来る。武者修行も2週間しか時間がなかった。1日に膨大なデータを取りたいのに、気づいたら日が暮れて終礼の時間だったことが数日あった。一体どうすれば時間をうまくつかうことができるようになるのだろう。実は私が武者修行を通して考えた時間の使い方はこうだった。
時間と感情の関係・・ここで言いたいことは感情が乗らないものって時間がかかる。逆に感情が乗るものはめちゃ速い。それを意識すると感情が乗らない時の時間を短縮しようと努力できる。
全体を把握する・・タスクには大きく3つある。ひとつは予想通りの時間がかかるタスク、予想より多くかかるタスク、予想より短く終わるタスク。これを把握するためにとりあえず今日のタスクをすべてイメージ、もしくは一回手を付けてみる。
「お昼の12時までのタスク」を考えておく・・一日の終わりだと時間に疎くなるので、早めの設定をする
朝活・・言うまでもない、夜更かしすると次の日に支障をきたす。
この上の考え方はごくごく当たり前だと思うが、今まで気づかなかったのがもったいなかった。


とびぬけた成果を出すには
とりあえず何事もやってみる。そしてそこから考える。そこでは恥は置き去りにしなくてはいけない。そして、外部からのリソースにどっぷり漬かってみるのも手だと思う。大切なのは、チームとして目標を達成すること。そこに一人でもかけてしまえば、ビジネスとして成功しない。

 

【自分自身】


がん子ちゃん
私の中のがんこちゃんは隠れていました。自分では気づかないものですね。初めて言われたといってもいいと思う。それぐらいほど遠いところに意識をしていた。いままでの自分はどんな場面でも、自分の意見をわかってもらいたくて文句を言っているだけだった。そこから思ったのは、「自分は相手のことを理解しようと努めようとすら思っていなかった」、ということである。自分にとって他人というのは何だろう。実際のところ、大学生活を送っていくうちに自分とは違うと思った人は話をしなくてもよいという考えになってしまっていた。しかし、それではただただ、自分の考えのみ理解してくれる狭い世界の中で生きることになるなと思った。これに気づいてから、私なりに相手に本気で接してみようと決めた。すると、今まで赤の他人だった人たちが話をすることでいとおしく感じた。またそこになぜか自分の喜びも感じた。頑固になることは、自分を苦しくさせることでもあるし、非常に生きにくい。私の中のがん子ちゃん、出てけ。


あいさつは大切よ
実はがん子ちゃんが出ていってから、あいさつが変わったように思う。それは相手がうれしくなるような挨拶って何だろうなと常日頃から考えられるようになったからかもしれない。欧米人には英語で、ベトナム人にはベトナム語で、インド人にはヒンディー語で、ブラジル人にはポルトガル語で、挨拶をするようになった。だって自分が外国人から日本語であいさつされたら嬉しいから。自分のことを忘れてしまうぐらいに相手のことを考えることが自分にとって楽しいことだと感じた。将来は相手のことをじっくり考えられる仕事をしたいと考えるようになった。


自分と仲間
私は5タームの全員にこの武者修行をやったことを後悔しないでほしい。なので、いろんな方法で変態を支援したいと思う。振り返りワークを作ったのもそのひとつ。それだけでなく自分が、このポンタが、みんなを引っ張ってってやるという気概で変態を支援します。(みんなもぼくを支援してください)


自分とFT
私は武者修行の終了間際まで、FTの方に頼り切っていた部分があったと思う。それ自体が悪いこととは思わないが、そこから「自分に問う」ことを疎かにしていたように思う。自分はFTのスキルを盗むためでも、ビジネスを学ぶためでもなくて、変態して自走式エンジンを積みに来たんだ。なので今日もこの先も自分でエンジンをぶん回す。


自分と英語
私は対して英語が上手くない。なのでこの武者修行期間中は苦戦することも多かった。でも持ち前のなんとかなる精神で乗り越えたけど(笑)
でもやっぱり英語をしっかり聞き取れて、英語脳を駆使してロジカルにスピーディーに話をしたいと感じた。これから英語の勉強を猛烈に頑張ろうと思う。

 

 

最後に
私たちチームの名前はスーパートリオブラザーズ、女の子も一人いるが(笑)。それはさておき今回、舞台はレストラン、土地はホイアンベトナム。もちろん従業員もベトナムの方。すべてが初めての環境の中でビジネスが始まった。始めは不安しかなかったのを覚えている。しかしそれと同時に甘い考えもあった。心のどこかで「みんな(過去武者修行生)乗り越えているということは、このプログラム自体に落としどことがあって、みんな満足して帰るのだろう、そして今回も満足させてくれるのだろう。」と期待していた。しかし実際は全く違う。この「他人任せ」精神こそが自分を不安にさせ、更には得れたであろう大きな成果を逃した要因だったのかもしれない。気づくのが遅すぎた。私はこの2週間のこの経験から、「他人任せ」精神を「自分に任せ」精神に限りなく近づけることに決めた。他人任せになる最大の原因は自分の言葉に自信がないことと、相手にどう思われるかわからない恐怖心の2つだ。しかし反対に、「自分に任せ」精神に必要なのは、自分の言葉に責任を持つこと、そして相手のことを一番に考えること。つまり、私がここで言いたいことは、自分の言葉に責任を持ち、相手のことを一番に考え、人生を大いに楽しんでやろうってこと。おしまい。

春休みの宿題

‪やまたくの春休みの宿題‬
‪【真面目系】‬
‪・6つの教育社会問題の研究と論述保存(自らが専門家となる)‬
‪・ヨガの記録‬
‪・「学びの環境をデザインする」今のところの見解をまとめる。‬
‪・コーヒーの歴史完結編完成‬
‪・6.0達成‬
‪・奨学金の確保‬
‪・ベトナムでの実践、実績、そして優勝する‬
‪・知的にワクワクするコミュニティづくりサロン開催‬
‪・写真サークルの発展‬
‪・コクボラの事業計画化、ナレッジ化‬
‪・あぐりむさんと共同して何か企画をする‬
‪・トビタテ再挑戦‬
‪・学生団体設立‬
‪→愛教サロン開催‬
‪→フリーペーパー‬
‪→旅‬
‪・新しいバイト探し‬
‪【ゆる系】‬
‪・ベトナム制覇‬
‪→フォー、カウラウ、など‬
‪・カンボジア制覇‬
‪→アンコールワット
‪・香港制覇‬
‪→食べ物たくさん食べる‬
‪・韓国制覇‬
‪→本場のやつ‬
‪・パルクールの技五種類できるようになる‬
‪・服買う‬
‪・靴買う‬
‪・筋トレ頑張る‬
‪・目指せ高校の時の自分の体型‬

インドに出会い日本を想う

‪インドに行った時の話(今まで余り語ったことないけど、衝撃的だったので)‬

 

 

‪僕の働いてたゲストハウスはビーチが近かった。でもそのビーチは一見穏やかに見えるがそうではなかった。‬


‪なぜかといえば、線を引いたかのように貧富の差が見えるから。‬


‪左側は漁村。とても貧しく、家なのかすらわからない建物が密集していた。海の近くでは子どもたちが平気で💩をしていた、全体的にゴミだらけで匂いもきつく衛生的にもよろしくない。
‪一方右側は綺麗なビーチ。押し寄せたセレブ達がまったりとチャイを嗜んだり、優雅に馬やラクダに乗って楽しんだりしていた。‬

 

みんなならどちらに行くだろう?

‪当時の僕はどうしても左側の貧しい方の方達とお話がしたかったらしい。理由はわからないが、どんな生活をしているのか興味津々だったのだ。

 

‪実際に歩いてみると、カメラを取ってくれとフレンドリーに話しかけてくれる人が多かったのを覚えている。

‪パパらしき人が生まれたての子どもを抱えてきて写真をせがんできたりしたので家族の集合写真なども撮ってあげたりもした。(後日プリントして渡しに行った)‬

‪そうしながら歩いてる内に一人の青年(多分僕と同い年)が「ウチへ来ないか?」「美味しいものをご馳走するよ」と言ってきた。‬

 

 

これは余談だが‪、僕はインドに着いてからそこの街へ来るまで、タクシーで余計に払わされたり、傘を盗まれたりと、騙そうとしてくるインド人を沢山見てきた。‬
‪今回も恐らく騙すor盗むつもりなのだろう。

‪しかし同時に、自分が、疑いを持ってしまう心を持っていることが辛かったし、苦しかった。‬

 


‪なので、(もちろん信頼をしてたのに騙される時は余りにもショックなのだが)今回は彼を信頼してみようと思った。‬


‪とりあえずご馳走してくれる美味しいらしいものを見てから判断しよう、と笑。‬

 

 

‪すると、奥から鮮やかな色のサリーを着たおばさんが得体の知れないオレンジ色のご飯と魚を出してくれた。

‪正直なんでも食べれる身だが、ご飯なのにオレンジ色という事実と、子ども達が💩をしてる海で取れた魚であることを考えるとお腹の減り具合が急激に回復するようだった。

‪しかし、実際にみんなの人柄は良さそうだし、本当に貧しい家なのもよく分かったので危なくは無いだろうとご馳走になった(オレンジ色はスパイスだった。もちろん後日下痢)。‬

 

 

‪ご飯を食べながらみんなと話をしていると、先ほど誘ってくれた青年が隣へ来て物珍しそうに身につけているものを見てきた。‬

‪ちなみに僕は英語で話をしたが彼は片言の英語しかしゃべれていなかった(インドでは英語は公用語になるが、教育をしっかりと受けていないとわからないのかもしれない)。‬

‪僕はその頃ヒンディー語も勉強していたので、ヒンディー語の単語の意味が英語やジェスチャーで分かれば話は分かった。なので、彼の話もしっかりと聞くことができたのは救い。

 

‪僕の中ではこの30分が人生に残る衝撃だった。‬

 

‪話を聞くと、彼はその漁村で漁師として働く青年だった。昔は塾があり英語を教えてくれる先生の元で勉強させてもらっていたが、(どんな経緯なのかまでは聞き取れなかったが)突然いなくなってしまい、現在では学校には全く通ってないと話してくれた。‬

 

‪彼は、‬よくここに日本人の若者が来るが、日本では若者が海外旅行をするか、そんなお金があるのかと話しかけてきた。‬

‪僕はアルバイトで稼いだりしているよと話をしていたが余り理解はされなかった。なので、勉強をしながら働いていると言ったら、理解をしてくれたが、何か腑に落ちない顔をしていた。‬

 

‪また続けて彼は、‬
‪漁師の仕事で家族を養っているので、自分が家にいないと家族はご飯を食べていけない。毎日魚が取れるとも限らないから、そういう日は隣のビーチに行って砂で絵を描いてお金をもらったり、荷物持ちの仕事をしながら生活してる、と。‬


‪そのあとお互いのお金の使い方や稼げる額、飛行機の航空代、などを話しすると、なんでそんなバカ高い金額を稼げるのかと驚いていた。‬

 

‪僕はその時本当の意味のお金の格差を知った。


‪彼らが稼げている額は日本円で言うととてつもなく小さい額だ。彼らが1日かけて稼ぐ金額の約10倍を僕らは3時間もあれば稼げる計算になった(その漁村においての話、もちろん違う地域もある)。‬

 

‪彼は日本人をとても羨ましく思っていたと言う。‬だから漁村を歩く日本人には声をかけていたらしいが、逃げられる(そりゃ薄暗いから多少怖い)。‬
‪そんな中でも僕は彼のもてなしを快く受けてくれて嬉しかったと話してくれた。‬

 


‪ご飯が終わると、彼の好きな場所へ案内するよと言われ連れていかれた。‬

 

 

‪それは漁で使う船の上だった。‬

 

 

‪その船はボロボロだがお金がないため、至る所に急遽貼りましたレベルのテープでぐるぐる巻いて補強されている。

 

‪彼と二人でその中で話をした。‬

 

‪すると突然彼が泣き出した。‬

 

 僕はびっくりしたし、なぜだかわからなかったので、慌てながらも伺ってみた。

 

すると‪彼は家族を養うのに精一杯だから、家族のために家を頑丈にすることも、美味しいご飯を食べることも、自分の勉強をすることもできないと話した。‬
‪海外旅行(彼はそんなに行きたくないらしい、これは僕らの文化の中で好まれてるものなのかもしれない)なんてなおさら無理だと。‬

 

 

‪どうしたら君みたいにお金を稼げる?‬
‪と泣きながら言われた。‬

 

‪僕は何もしゃべれなかった。‬

 

‪ただただ彼の話を聞くことしかできなかった。‬

 

‪それは僕にもわからない。

 

 

‪なぜ世界経済の中で、日本のGDPがこんなにも高いのか、高くなっていった背景は何なのか、それを可能にしている社会の構造は何なのか、そしてインドはなぜここまで格差が広がっているのか、わからない。
‪経済とは?政治とか?社会とは?すべてが問われた。‬

 

 

‪またそれと同時に、僕は初めて「自分が日本に守られていること」を知った。昔から様々な人が今の日本のために頑張ってくれていたこと、そしてだからこそ僕らは今の生活ができていることを知った。‬

 

 

僕とほぼ同じ年齢の彼はすでに家族の為に、自分のやりたいことも抑えて必死になって生活を支えていたんだ。。。


‪僕は自分の想像を遥かに超えるような境遇も持つ彼と、同じ夜空の下で眠くなるまで話をした。‬

 

 

、、

、、

、、


‪僕が大学の内に学ばなきゃいけないのは何なのか。‬

‪そして本当の意味での国際協力って何なのか。‬
‪それはお金を付与することだけだろうか?‬

 

 

‪僕らは選ぶことができないままこの世に生まれ、日本という社会の中で育ってきたが、一度日本での常識だと思っていた概念をぶっ壊しても良いのでは無いかなと思った。‬

 

‪そういう意味で人と出会うこと、旅をすることは僕に大きな力と生きる意味を与えてくれる。‬

 

以上

 

 

コーヒーとは? 序章

こんにちは、やまたくですー。

ここ最近、僕の勉強時間が以前と比べると多くなってきていて、それに伴ってある飲み物の消費が増えています。

それはコーヒーです。コーヒーです。コーヒーです(大好きなので3回言いました)

どれぐらい好きかというと、朝の僕の部屋は、職員室並みのコーヒー臭さです(よくわからない)

そんなコーヒーですが、嫌いな人も多いかもしれません。

僕も昔は苦手で飲めませんでした。

だって黒いし、苦いし、不味くね?って思ってたからですww(何故かいまは大好きですが)

でも不思議なことにそのコーヒーって、世界中で愛されていますよね(←ここ大事)
ここ日本でもカフェが非常に多いように感じます。

何故こんなにも多くの人に消費されているのでしょうか。
見た目や味(黒いし、苦〜い)と実際の消費具合(世界中で飲まれている)のギャップが激しいように感じるのは僕だけでしょうか?


おそらく好き嫌いに関係なく飲んでいる人もおおいかもしれません。
そして、僕はそこには何か理由があるのかもしれないなあと思うんです。

それは見た目や味だけではなくて身体的影響や嗜好されている時代背景も関係するのかもしれないなあって。

だって想像してみてください。

砂漠を歩いている人がいる。その人の体力はもう限界まで来ていて今にも喉が渇いて死んでしまいそうな状態だ。
そんな時に砂漠の中から、女神様が登場してどちらか一方を恵んでくれるという。
そこにはキンキンに冷えたいろhすと得体の知れない黒く苦い「コーヒー」という飲み物の二つ。
みんなだったらどちらを選ぶだろうか?
普通だったらいろhすを選ぶのではないでしょうか?
だってそんな状況だったら飲みやすい方を選びたいですもんね。

コーヒーっておよそ1000年前から飲まれていたと言われているのですが、この1000年間でどれぐらいの社会問題や紛争、飢饉、貧困が起こったかは少しでも歴史を勉強していれば、わかることです。

つまり、そのような中でも、また現在もコーヒーが飲まれ、愛されているということはそれなりの理由があるはずだと考えるのが普通だと思います。

 


そこで社会を専攻している身としてコーヒーの歴史を多角的に考察し、コーヒーが当時与えた影響、またなぜ今も愛されてるのかや今後の可能性を考えたいと思います。(お、社会科っぽくなってきた)

今回は歴史が苦手な人でもわかるように、わかりやすさや面白さなどを重視して書くので、そこら辺のフィードバックを下さい。

 

それでは、次のブログへ。